ボンゴレが羨ましい、と、思った事がある。

 

 

 

貴方と同じ

 

 

 

「雲雀さんは昔からちっとも変わらないよ。」

 

そう言って、笑いながら話したボンゴレの笑顔を見て俺は思わず「羨ましい」と呟いた。
だってボンゴレは俺の知らない雲雀さんを10年分も多く知っているんだから。

そういうと、ボンゴレは困ったような顔をして「今も昔も変わらないよ」と何度も繰り返し言ってくれる。

けれどそういえるのは、昔の雲雀さんを知って居るからだ。

 

「まあ、昔よりも俺たちには寛大になってくれた気がするけどね」
「そうなんですか?」
「うん。昔は顔を合わせるたびに咬み殺されてたから」

 

あれは痛かったなぁ、なんて言って、遠い目をするボンゴレ。
けれど今の雲雀さんはボンゴレに会うだけで殴ったりなんかしない。
それどころか、どこか認めているような空気もある。

それはボンゴレも他の守護者の人も、雲雀さんが認めて一対一で咬み殺したいと思えるほどの強さがあるからで。

 

「あの人だけは、何時になっても最強だと思うよ。昔より、戦い方も変わった気がするし。」
「例えば、どんな風に?」
「そうだなぁ、昔はかすり傷一つ負わない様な戦い方だったのに、今は少し怪我をしても完璧に咬み殺す、みたいな。」

 

言われて見れば、雲雀さんは戦いに行くたびにどこかしら軽傷を負っているような気がする。
それは周りの戦い方が変わったためなのかもしれないけれど。

 

「あとは……あんまりリボーンに突っかからなくなった、かもね。昔は会うたびに手合わせしたい、なんて言ってたけど。」

 

リボーンの強さに近づいているからなのでは、と思ったけれど、あのリボーンが負けるところは想像ができない。
かといって雲雀さんが負けるところも想像ができないので、引き分けか時間切れで終る勝負なのではないだろうか。

 

「俺、やっぱりボンゴレが羨ましいです。いろんな雲雀さんを知ってるんですね」

 

俺の知っている雲雀さんは、ほんの一側面だけだ。
デスクワーク中と戦闘中は見せる表情が全然違う、とか
結構動物は好きで、鳥なんかには結構懐かれている、とか
知らないことはとことん知らなくて、時々とんでもないことを言う、とか
俺と居るときに戦闘になると、大抵雲雀さんがさっさと倒してしまうから、俺の出番が無い、とか。

 

「うーん、俺はランボのほうが羨ましいなぁ。」
「…………そんなことないです。」
「そんなことあるよ。だって、あの雲雀さんの笑顔を唯一」

「何、話してるの。」

「ひっ!?」

 

突然声が聞こえて、俺とボンゴレは持っていたカップを取り落としそうになった。
慌ててドアの方に視線を送ると、雲雀さんが怪訝そうな面持ちで書類を持って立っている。
ボンゴレが慌てて立ち上がり、雲雀さんから書類を受け取った。

 

「何度ノックしたと思ってるの。」
「す、すみません、話に夢中になってて気付きませんでした。」
「次こんなくだらないことで待たせたら咬み殺すよ」

 

明らかに不機嫌な様子の雲雀さんに、ボンゴレはびくびくしながら対応している。
急いでハンコを探すボンゴレと雲雀さんを交互に見ながら、俺はどうしようかな、なんて考えていた時だった。

雲雀さんの視線が、ちらりと俺を捕らえる。

 

「君も、何してるの。」
「えっ、あ、その、ボンゴレとお茶を……」
「さっき君の部屋に寄ったけれど、机の上に書類が随分乗ってたね。あれは全部終ったの」
「え?う、嘘!」

 

カップを置いて、慌てて立ち上がる。
確か、俺の担当分の書類は四苦八苦しながらも全部終らせたはずだったのに。
雲雀さんが言うからには相当な量なんだろう、と急いで部屋を出ようとすると、ボンゴレからハンコを貰った書類を持った雲雀さんと、同時にドアノブを握った。

 

「っすすすすすみません!!」
「五月蝿い。騒がないで。」
「は、はい……」

 

顔を顰めた雲雀さんを見て、慌てて口をつぐんでドアノブから手を離す。
雲雀さんがゆっくりとドアを開け、優雅に歩き出したのを見送ってから、俺も雲雀さんの後に続いた。
雲雀さんの行き先と俺の部屋が同じ方向にあるので、どうしても後をつける形になってしまう。

 

(…そういえば、ボンゴレは最期に何を言おうとしていたんだろう。)

 

笑顔が、なんだろうか、と唸っていると、不意に前から声を掛けられた。

 

「ねぇ、君」
「はいっ?」
「さっき、僕の事を話していたよね」

 

聞こえてたんですか、と、思わず顔を赤らめてしまう。
しかし別に陰口を叩いていたわけではなく、単に人柄を考察していただけなのだが、それでも本人の居ないところで話をしてしまったという負い目はある。
雲雀さんの冷静な声が刺さるような気がした。

 

「すみません、勝手に話しに出してしまって」
「別に。興味ない。」

 

それなら何故そんなに不機嫌そうなのか、と、思わず小さく震えてしまう。
明らかに怒っている様子の雲雀さんの背中を見ながら、一定の距離を保って歩いた。

怖い。

と、思っていたら、足がもつれて転んでしまった。

 

「へぶっ」

 

情けない声と共に、びたんっと盛大な音が響く。
流石の雲雀さんも足を止めて、振り向いた。

 

「………何、やってるの」
「す、すみませ……足がもつれて……ッ」

 

差し伸べられた手を掴んで、立ち上がって顔を上げる。

そこにあった表情は、とても柔らかい笑顔だった。

 

「馬鹿じゃないの」

 

小さくくすくすと笑って、雲雀さんはまた背を向けて歩き出す。

その背中を見ながら、俺は呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

『そんなことあるよ。だって、あの雲雀さんの笑顔を唯一見られるのは、ランボだけなんだから!』