遠ざかる雲雀さんの背中を見ていた。
ただ、見ていた。
ただ貴方の
「あれ…ランボ、雲雀さんは?」
「行っちゃいました。」
ボンゴレの執務室に入室すると、綱吉さんが心配そうに俺を見ている。
笑わなきゃ、と思って笑顔を作ったけれど、綱吉さんは少し表情をこわばらせた。
あの人に嘘は通じないから、きっと気付かれたんだろう。
「ったく、アイツも馬鹿だな」
幼馴染の呟きは聞こえたけれど、アイツが誰なのかはわからなかった。
ソファーに座り、ボンゴレがわざわざ出してくれたグラスに再びぶどうジュースを注ぎ込む。
廊下ですれ違った山本さんが居て、綱吉さんと一緒に苦笑いをしていた。
「しょうがねーよ、アイツ、なんか機嫌が悪いみたいだったしな」
「そうなんですか?」
「ああ。俺、思いっきり舌打ちされちまったよ」
はは、と笑って頬をかく山本さんを見ながら、さっきの雲雀さんの様子を思い出す。
機嫌が悪い、というか、何の感情も感じないような目で俺を見ていた。
あれが機嫌が悪い、ということなら、俺が雲雀さんと会うときはいつも機嫌が悪いんだ。
俺が、嫌いなのかな。
「つーか、なんで機嫌悪かったんだろうな?」
「さあ…此処にきたときは、そうでもなかったけど」
「オメーらもまだまだだな。すごく分かりやすかったぞ」
一人、リボーンだけが何もかも分かったような顔でコーヒーを飲んでいた。
どうして、リボーンは理解できるんだろう。
俺がどれだけ恋焦がれても理解できないあの人の事を、どうして。
雲雀さんもリボーンの事を酷く特別扱いしていて、なんだか嫌だ、な
「もしかして、リボーンの訳わかんない一言で機嫌悪くしたんじゃないの?雲雀さん。」
「ん?なんか言ったのか?」
「なんか、上手く隠せ、とかなんとか。」
「アイツの目を見りゃすぐわかんだろ」
綱吉さんが首をかしげるのと同じように、俺も首をかしげた。
雲雀さんの目は、いつも無機質で、冷たい目をしている。
たとえその目でも、俺を映すその瞬間を焦がれている俺には、わからないのかもしれない。
「ああ、そういやあいつ、なんか拗ねた感じの怒り方だったかもなー。」
「へ?拗ねた?雲雀さんが?」
「なんかな、お気に入りの玩具を取られた、みてーな。」
雲雀さんのお気に入り、と言ったら、リボーンと綱吉さんだ。
強いボンゴレと戦うことを、雲雀さんは酷く望んでいたから。その二人と一緒に嫌いな俺が居たことが、嫌だったのかな
「機嫌が悪いところに行くのやだなぁー…殴られちゃうよ。」
「オマエが仕事が遅いのが悪い。」
「なー、リボーン行ってきてよー。」
「どうしたんですか?」
「あ、ランボ…いや、山本から来た書類、俺じゃわかんなくてさ。雲雀さんのとこに持ってかなきゃなんないんだけど」
殴られんの怖くて、と苦笑するボンゴレの頭をリボーンが殴った。
俺が行けば、雲雀さんに会える。
そう思うと、自然と笑みがこぼれそうになった。
それを何とか押さえて、ボンゴレがぺらぺらと振る書類を掴む。
「俺、渡してきますよ。」
「え…いいの?ランボ。」
「はい、いつもお世話になってますからね。このくらいは。」
ごめんね、と言う言葉と共に、ボンゴレの手が書類から離れる。
落ち着け、と自分に言い聞かせながら、出来る限りいつもの歩幅で部屋を出た。
中からはまだ山本さんと綱吉さんの談笑する声が聞こえてくる。
それすらもかき消すほどに、高鳴る自分の心臓。雲雀さんに、会える。
自然と足が速くなり、ついには駆け出していた。
さっき、雲雀さんに怖いの?と聞かれてなにも反応ができなかったけれど
でも本当は、雲雀さんが怖いんじゃなくて、拒絶されるのが怖かった。
近寄らないで、と言われて、なきそうになった。
だけどこの人は、泣いたりしたらきっと直ぐに俺を切り捨てる。
そう思って堪えているうちに、雲雀さんはどんどん遠ざかっていった。雲雀さんは、俺の事が嫌いなんだ。
でも、俺は、ただ傍にいたいだけだからただ、貴方の傍にいたい
弾む息を整えながら、ドアの前に立ち尽くす。
走ってきたことを悟られないくらいに呼吸が落ち着くと、ゆっくり、雲雀さんの部屋のドアをノックした。
手が震えているのにやっと気付いて、強く手を握りこむ。
『いいよ。入って』
嗚呼 雲雀さん、俺は
貴方の声にも、こんなにも心臓が高鳴るんです
「し、つれいします……」
ドアを開けると、デスクに座った雲雀さんは驚いたように目を見開いて俺を見た。
きっとさっきの出来事があったあと、来るなんて思っても見なかったんだろう。
だけど見せた感情の変化はそれきりで、直ぐにいつもの表情に戻ってしまった。
「何の用?」
「あの…えっと、ボンゴレに頼まれた書類を持ってきました。」
「書類?」
緊張でいつも舌がもつれてしまって上手くいえない。
早く直さないと、雲雀さんが聞いてくれないと思うと余計舌が回らない。
ぴく、と雲雀さんの眉が動いたのを見て、緊張が高まった。
「何、また僕にデスクワークをまわしてきたの?綱吉は。」
「はい、その…ボンゴレじゃわからない内容、とかで」
「ふうん。」
ち、と聞こえるほどの舌打ちをされて、びくっと震えてしまう。
きっと今のは俺に向けてではないと分かっているけど、それでも怖くて。いつ、その感情が俺に向けられるか、怖くて
「…それ、そこにおいて戻っていいよ」
雲雀さんが指さしたのは、ドアの直ぐ隣にある小さなテーブルだった。
そこに、出来る限りゆっくりと歩いて、書類を置く。
雲雀さんと同じところにいる時間を長く出来るように、ゆっくり。
「ねえ、君」
「はいっ!?」
まさか声をかけられるなんて思わなくて、思わずうわずった返事をしてしまった。
雲雀さんは顔をしかめて、俺を睨むように見た。
しまった、五月蝿かったかな。
「…君、僕が怖いんじゃなかったの」
「え、」
「わざわざ恐怖の対象に近寄りに来るなんて、馬鹿だね」
呆れたように溜息をつく雲雀さんを見て、俺は泣きそうになってしまった。
悲しくて、じゃなくて、嬉しくて。
きっとこれは雲雀さんなりの心配なんだろうと思うと、胸が熱くて。
ただ、俺が雲雀さんを怖いと思っているんだ、と思われているのは悲しかったけど、それでも。
嬉しくてしょうがなかった。
「雲雀さん、あの、俺……」
今なら、言えるかな
ずっと言いたくて仕方がなかった言葉を言えるかな
貴方を束縛してしまう言葉かもしれない、貴方は重い、と切り捨てるかもしれない
でも 言いたいんです
「俺、聞いて欲しいことがあって…」
「…何?」
うつむいて、雲雀さんの目が見れない。
ただ耳元で鳴っているように聞こえる鼓動の音が五月蝿くて、頭が痛い。
早く、言わなくちゃ。
雲雀さんが聞いてくれるうちに、言わなくちゃ
「俺、雲雀さんが、」
「おーっす、雲雀ー。書類持って来たぞー。」
「!」
言おう、と、やっと口にしようとした瞬間、ドアが勢い良く開いて、山本さんが声高らかに入ってきた。
ノックもせず、許可もされずに入ってきた山本さんを見て、雲雀さんの顔がすぐに不機嫌なものへと変わっていった。
「山本武……」
「そんな睨むなよ。ほら、書類。綱吉が頼むってさ。」
さっきよりもかなり大きな音で舌打ちが聞こえた。
ここまで不機嫌な雲雀さんは初めて見るかもしれない。
「ランボ、大丈夫だったか?」
「あ、え?」
「あんな機嫌悪い雲雀のとこに行って、大丈夫かって綱吉が心配してさ。俺が見に来たんだよ。」
確かに、今雲雀さんの機嫌は悪い。
でも、さっきはさっき、俺の事を心配してくれた雲雀さんは、
「ったく、雲雀もランボいじめんなよ?」
「…別に。早くつれて行ってよ。」
「だってさ。行こうぜ、ランボ。」
「あ…」
山本さんに腕を引かれて、歩き出す。
俺はまだ、言ってない。
言ってない、のに
「…っ雲雀さん!」
「!」
「あの…また明日、来ますね」
笑って言うと、雲雀さんは驚いたように目を見開いた。
そして、
「そう。いいよ。待っててあげる。」
嬉しそうに、優しそうに、綺麗に笑った。
笑ってくれたんだ
(こんな雲雀さんの表情を見るのは初めてで、俺はその綺麗な笑顔から目が離せなかった。)
山本さんに引かれて部屋を出る頃には、既に雲雀さんの興味は書類へと向かっていて、笑顔はもう無かった。
でも、アレは幻でも気のせいでもなく現実だった。
あんな笑顔、雲雀さんが見せてくれるなんて
「ランボ、お前雲雀に何か言ったのか?」
「え、いえ…」
「俺も見たことねーよ、あんな嬉しそうな雲雀。戦闘以外の事でアイツが笑うなんてなー。」
意外そうに頬をかく山本さんに並んで歩きながら、俺は雲雀さんの笑顔を頭に焼き付けるように、何度も何度も思い出していた。
まだ胸がどきどきしてる
ねえ雲雀さん 貴方はどれだけ俺を独占すれば気が済むんですか?
-------------------------------------------
続きます。