雨が窓を叩く音が五月蝿くて苛立ちが募る。
仕事に関しては相手側からの返事待ちだということで、事実上今日は何もすることのない休日だというのに。
普段特に天気を気にしたことは無かったが、此処のところ晴れが続いていたところに急に天気が崩れたせいか、気圧の変化によって頭痛を引き起こしてしまった。
断続的に続く痛みは酷くなることもなければ収まることも無い。
この程度の痛みで薬を飲むというのも面倒だが、何時までも収まらないのは腹がたつ。
時計の秒針が響く音にすら苛立つ自分を感じて、そうとう機嫌が悪くなっていることを自覚した。
雨の音と秒針以外は何も聞こえない部屋の中で、いっそ昼寝でもしようかと思い始めた時だった。
コンコン、とドアを叩く音が響く。
「あの、雲雀さん」
僕の名前を呼ぶ声
「……誰?」
「ランボです。あの…雷の守護者の、ランボです。」
名前だけでは分かってもらえないと思ったのか、わざわざ役職まで付け足したランボの声に耳を傾ける。
ドアを開けることを許可されないからか、ランボはドアの向こうから話し続けた。
「ボンゴレから、雲雀さんへの書類を預かってきました。」
綱吉に出した計画書の返答だろう、と直ぐに察しが付いた。
僕を呼びつけないあたりは成長したと思うが、ランボを使うというのはどうなのかと目を細める。
僕は、彼が苦手だ。
子供は嫌いなはずなのに、手を上げる気になれない。
どんなに気を張り詰めていても毒気を抜かれるような感覚を覚えてしまう。簡単に言えば、彼の作る空気の全てが僕を変えてしまうのが、嫌だ。
「…そう。入って。」
「失礼します」
かちゃり、と遠慮がちにドアノブが回される音が響く。
ゆっくりと開くドアを見て居ると、隙間からひょこっとふわふわした癖毛が覗く。
おどおどした様子でこちらを見てくる彼を見て、僅かに苛立ちを覚えた。
「これです。」
数枚の紙を手渡され、一枚ずつ目を通す。
やはり通してあった話の返答と、今後の計画についてのものだった。
直ぐに返事を返すようなものでもないと判断して、書類を置いてランボへと視線を移した。
目が合った途端、びくっと揺れる身体
彼が、僕に対して恐怖を覚えて居るのは前から知っていた。
何度か獲物を咬み殺すところを見られたこともあるし、中学に入り込んでいた彼を殴ったこともある。
怯えるのは当然のことだろうと思うし、草食動物ならば格の違う相手に怯えるのは当たり前のことだ。
(…なのに、どうして僕はこの目を見ると苛立つんだろう)
怯えているのが丸分かりなのに、決して視線を逸らそうとしない翡翠の目。
そこから感じるものは怯えだけではないような、そんな錯覚を覚える。
(昔の綱吉…ともまた違うか)
怯えてるくせに、怖いと公言するくせに、彼に群れる仲間を守るためならばを牙を剥く綱吉とはまた違うものを感じる。
そんな決意や覚悟とはまた別な何かを交えて僕を見て居るような、
「ねえ。」
「はっはい」
「君は……」
どうして僕をそんな目で見るの と続けようとして口をつぐむ。
それを聞いてどうしようと言うのか。
怯え以外に何を持って僕を見て居るのかなんて、どうでもいいことじゃないのか。
「…………」
「………?」
小首を傾げそうな表情で僕を見る彼をじっと見る。
僕よりも一回り幼い子。
弱くて、臆病で、なのに何故かマフィアなんて職業を選んだ子。
(……臆病だけど弱くは無いのか…?)
仮にも守護者であることだし、実際ボンゴレリングは彼も使いこなせている。
臆病であるが故に僕を見て怯えるけれど、視線を外そうとしないのは強さがあるから、なのか。
(……何か違う…)
強い、なんてことならば僕はとっくに気付いていたはずだ。
どなると、あの目に秘められたものは何だろう。
「あの…雲雀さん?俺何かしましたか?」
困ったような声を聞いて我に返り、はっきりとランボの姿を正面から見た。
怯えた声。
だけど、僅かに紅潮した頬。
外されない視線。
「僕は君が好きなのかもしれない」
「…………え?」
ランボの間の抜けた声が少しの間を置いてから聞こえてきた。
僕はと言えば自分が今何を言ったのかを自覚した瞬間、何故今の言葉が出てきたのだろうかと驚きを隠せないで居る。彼が、もしかしたら僕に対して好意を抱いているのかもしれない、と思った。
その瞬間、今まで感じていた苛立ちが一気に消えた。
ああ、そうだ。此処で気付いたんだ。
今まで僕が彼に対して抱いていた嫌悪感は、彼自身ではなく彼が僕を怯えているという事実だったと
「……成る程ね」
「な、何が…っていうか、今の何ですか?あの…?」
「まさか僕が君なんかを欲しがるなんて思ってなかったけど、気付いた以上遠慮はしないよ」
「ええっ?あっ…!?あのっ…?」
僕が何を言っているのかわけのわからない、と言った表情だったランボが、徐々に頬を紅潮させ、驚きでパニック状態に陥りだした。
ランボが僕に好意を抱いている、と感じたのは間違いではないようだ。
「おいでランボ。」
「えっ…」
彼に向けて両手を広げる。
高揚した気持ちが抑えきれず、思わず顔に出ているかもしれない。
僕がこれからする行動で、彼はどんな反応を見せるだろうか。
それが楽しみで仕方なくて、ああ、彼も可哀想だと少しだけ思う。
「此処まで来れたらごほうびをあげるよ」
「……っ…!」
顔を真っ赤にした彼が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
きっと彼もわかっているんだろう。僕に捕まったら最後、逃げられないことを。
気が付いたら、雨音は既に気にならなくなっていた。
レイニー