憂鬱
目を開けるとそこは一面真っ白な部屋の中だった。
窓はあるもののカーテンが締められていて全てが真っ白な空間の中、自分の肌の色と髪の色だけが色づいていた。
横に視線をずらすと点滴があって、そこから伸びた管は俺の左腕に繋がっている。どうして俺が此処にいるのか、想いだそうとすると酷く頭が痛んだ。
それだけじゃなく何かを考えようとするたびに頭が痛む。
(そうだ、俺、確か)
自分の名前やその他の記憶が蘇ってきて、最期の記憶を思い出す。
何故かそれだけが不鮮明で、覚えていたのは銃声と反転する視界、そしてその一瞬に視界に入ったあの人の姿だった。
(雲雀、さんは)
俺を助けに来てくれた人の名前を思い出し、飛び起きる。
途端、頭に激痛が走って小さく呻いた。
眼に涙が滲んでしまう。
俺は、ボンゴレの中で最年少の守護者として敵に捕らえられてしまった。
それを知ったボンゴレは取引を持ちかけたが、敵が要求したのはボンゴレリングか最強の守護者、雲雀恭弥の命だった。
そしてボンゴレのボス、綱吉は雲雀との交換を承諾する。
そのことを聞いたとき、敵は笑って綱吉の事を人でなしだと称したが、俺にはボンゴレの意図がわかっていた。
雲雀さんはこの程度の輩にやられるほど弱くはないし、その強さをボンゴレは信頼しているのだ。
せめて足手まといにはならないようにと、どうにか隠し通せていたボンゴレリングを直ぐに出せるように準備した。
そして、その時がやってくる。
雲雀さんは正面から堂々と入って来た。
その姿は俺が憧れた、威風堂々とした姿のままで、俺は思わず見とれてしまったのを覚えて居る。
雲雀さんの視線が、縄でつながれた俺を見て、笑った。
(少し待ってて)
雲雀さんの唇がそう動いたと思った次の瞬間、倉庫内に銃声が響き渡る。
俺は思わず雲雀さんの名前を叫んでしまった。
視界は砂埃で見えなくなり、雲雀さんの姿が確認できない。敵が高笑いをした次の瞬間、俺を掴んでいた一人の男の頭が吹き飛んだ。
それが雲雀さんの匣兵器であることに俺は直ぐに気付き、雲雀さんの匣兵器の針を使って縄を解き、ボンゴレリングを指に嵌めて砂埃の中へと突っ込んだ。
敵は動揺してまた銃撃を試みたが、その時にはもう雲雀さんは動き出していた。
「雲雀、さ」
「馬鹿じゃないの、あっさりつかまるなんて」
「す、すみません」
「家庭教師が言ってたよ。特別メニューを組むって。」
「ええっ!?り、リボーンの特別メニューなんて……し、死んじゃうよ!」
「僕が監督することになったから。」
「ひ、雲雀さんが!?……死ぬだけですまない気がしてきました。」
「何それ。どういう意味……ランボ、伏せて」
「うわっ」
死が隣り合わせの戦場にいるとは思えないほど軽い会話を砂埃の中で交わしていた雲雀さんの額に、紅い点が映ったのが見えた。
それはおそらくレーザーサイトの光だったんだろうが、雲雀さんは俺を伏せさせた直後、放たれた銃弾を意図も簡単に弾き落とした。
人間業じゃない、なんて想いながら、雲雀さんの邪魔にならないように背を低くして出口へ歩く。
砂埃から抜けたとき、目の前に人が立っていた。
「っ、わ」
思わず小さく悲鳴を上げた次の瞬間、強く頭を殴打されて倒れこむ。
くらくらする視界の中で、雲雀さんが俺の名前を呼んだことだけはわかった。
運よく当たり所はよかったらしく、即気絶するには至らずにすんだけど、かなり痛い。雲雀さんを振り返ったとき、見たものは
「う、っ……あ」
「ランボ、起きた?」
頭が痛くて、記憶が途切れてしまったとき、誰かが俺に話しかけた。
顔を上げると、そこには心配そうな顔をしたボンゴレが立っていて、俺の頭をそうっとなでる。
「動かないほうがいいよ、随分強く殴られたみたいだから。」
「ボンゴレ、俺、は」
「うん、雲雀さんが連れ出してくれた。ごめんね、俺達も行ければよかったんだけど……館が見張られてて、ヘタに動いたら君が殺されてしまうかもしれなかったから」
つれだしてくれた、ということは、俺が倒れた後は無事に脱出できたんだろう。
やっぱり雲雀さんは強いな、なんて思ったが、あの敵の中、俺と言う足手まといをつれて無傷で脱出できたとは思えない。
ボンゴレの目を見ると、僅かにかげりが見えた。
「あの、雲雀さんは」
「あー、えっと、その、別の任務に行ってもらってるんだ、うん。」
「煮え切らない嘘を付くぐらいなら、さっさと言っちまえばいいだろ。雲雀は重傷を負って別室で治療中だってな」
「リボーン!」
ボンゴレの影から顔を出したリボーンの言葉を聞いて、一気に血の気が引いたのがわかった。
やっぱり、怪我をしてしまったんだ。
リボーンの言い方から察するに、多分俺よりも酷い怪我をしたんだろう。
「気にしないで、命に別状は無いって話だから。君のせいじゃないよ、ランボ」
「っ、ボンゴレ、退いてください、俺」
「安静にしてろって言われただろーが。」
「してられないよ、だって」
すきなひとが怪我をして、自分より重傷かもしれないのに傍にいられないなんて
「何してるの」
「え」
ドアの前にあるついたての向こうから現れた黒尽くめの人を見て、唖然としてしまう。
ものすごく機嫌が悪そうな雲雀さんの視線が痛いけれど、あれだけ痛かった頭の痛みはすっかり飛んでしまっていた。
「頭だけなら僕より重傷なんだから、さっさと寝て。」
「あ、は、い。」
「どうせこんなことじゃないかと思って、来て正解だったよ」
大きく溜息を付いた雲雀さんを凝視しながら、もそもそとベッドに深く入り込む。
え、え、だって、重傷だってボンゴレもリボーンも言ってたのに!ちらりとリボーンに視線を向けると、顔を背けてぷるぷる震えていた。
騙したなこいつ…!!
「雲雀さんの怪我って……」
「右腕と左足を撃たれた。」
「え!?」
「僕が目を離した隙に、君が倒れるから悪い。君に気を取られた瞬間に撃たれたんだ」
とりあえずすみません、と謝っては置いたものの、これって俺のせいなんだろうか。
とにかく不機嫌そうな雲雀さんの怪我の箇所に目を走らせるけれど、服に隠れて包帯すら見えないのでほぼ無傷なように思えてしまう。
「怪我が治ったら僕が組みなおしたメニューをこなしてもらうから。」
「あ、それってリボーンが作ったっていう……」
「俺が作ったヤツよりえげつなくなってるぞ。死ぬなよ。」
「えええええ!?」
そんな、とショックを受け、頭痛が再発した俺の頭を小さくなでて、ボンゴレは苦笑いをした。
そしてリボーンをつれて部屋を出て行ったけれど、俺は縋るような目でボンゴレをずっと見ていたのに、何も言ってはくれなかった。
「本当に、君と戦闘をすると心臓に悪い。」
「ご、ごめんなさい……」
「せめて、自分の身ぐらいは守れるようになってくれる?そこらへんの雑魚にまで捕まってたんじゃ流石に庇いきれない」
「はい…」
「僕や綱吉と並ぶほどとは言わないけれど、他の守護者並みにはなってよね」
そう言って、雲雀さんは溜息を付きながらも俺の頭を優しくなでてくれた。
ボンゴレとは違って、柔らかくはないけれど暖かい手。
俺をいつも守ってくれる、優しい手。
「雲雀さん……」
「何?」
「大好きです」
小さく笑いながら目を閉じて、雲雀さんの手の温もりに集中する。
何故か、頭の痛みが消えた気がした。