「……っくしょ…!」
「何、今の……くしゃみ?」
「あ、はい……なんだか風邪引いたみたいです。」
そう言って鼻をこする恋人の顔は、ほんの少し赤らんでいた。
starnuto
「………38度5分かぁ……」
雲雀との会話の翌日、ランボはベッドの中で寝返りを打ちながら、体温計に表示された自分の体温を見て溜息を付いた。
幸い今日は仕事は入ってないものの、頭痛がして体がだるい。
大好きな人のところへ遊びに行くこともままならないだろう。
「…………………」
つまらない。
ごろんと寝返りを打って、仰向けになって目を閉じる。
目の奥がじくじくと痛み、鼻が詰まって息がしづらい。
かといって口で息をすれば、喉が痛くてしょうがない。
「…あぁっ、もう!最悪だ!」
ばさっと飛び起きて、ベッドから出る。
取り合えず手の届くところに飲み物を用意しておこう、と、自室から出た瞬間目に飛び込んできたのは、
「やぁ、おはよう。」
会いたかった大好きな人の姿だった。
「……ひ、雲雀さん?」
「……僕が誰だか忘れるぐらい熱出してるわけ?」
「ちっ、違います!覚えてます、ちゃんと!」
忘れるわけがないですよ!と付け足して、まじまじと雲雀を眺め見る。
家の鍵は閉めていたはずで、どうやって部屋の中に入ってきたのかわからない。
ふと風を感じて窓を見れば、全開していた。
「窓、鍵がかかってなかったよ。」
「…そうですか…。」
優雅に人の家でお茶を飲む雲雀を見て、ランボは小さく溜息を付いた。
なんだか熱が上がったような気がして、とりあえず水を飲もうとキッチンへ足を進める。
不意に手を引っ張られて、がくんとバランスをくずしてしまった。
「わわっ…!?」
そのままぽすん、と雲雀の上に座ってしまい、ランボは一瞬呆然とした。
顔を上げて、直ぐ近くで雲雀と目が合って、慌てて立ち上がろうとするが、腰を掴まれて動けない。
「あっ、あのっ!?」
「寝てなよ。熱があるんだから。」
「で、でもっ」
「水なら僕が取ってきてあげる。」
だから、寝ろ。と鋭い眼差しが向けられれば、ランボに抗う術はない。
はい、と小さく呟くと、そのまま横抱きにされてベッドへと連れ戻されてしまった。
いったい何をしにきたのか分からない雲雀の行動を見ながら、ランボは大人しくベッドにもぐる。
「……雲雀さん」
「何?」
「今日は、どうしたんですか?」
雲雀のところにランボが行くことは多くあっても、雲雀がランボの元へ来ることは滅多に無い。
正しくは、雲雀が行く前にランボが来てしまうのだが。
ランボはそんな雲雀の心境は知らないため、何故家に来てくれたのかわからない、と本気で思って雲雀を見詰める。
うるうると熱で潤んだランボの目を一瞥して、グラスを探しながら雲雀は答えた。
「別に。今日、仕事もなかったしね」
「え。」
昨日行った時、雲雀の机の上には大量の書類があったはず。
ランボが更に大量の書類を運んできたのだから、少なくとも昨日一日では終る量じゃなかったはずだ。
いくら雲雀といえど、あの量は直ぐには終らないはず、なのに。
「昨日の書類は……?」
「全部終らせたよ。」
明け方まで掛かったけど、と続けられた雲雀の言葉に、ランボは時計を確認する。
現在時刻は、9時。
ランボが起きるより前に来ていたということは、雲雀の睡眠時間はかなり短かったことになる。
「えっ……ね、寝たんですか!?」
「いや」
「じゃ、じゃあ俺のところに来てる場合じゃないですよ!ちゃんと寝ないと…」
俺みたいに風邪引きますよ、と言おうとしたが、その言葉は飲み込むことになる。
水を用意してきた雲雀が戻ってきたと思った瞬間、ぎらっと光った雲雀の目にすくんでしまった。
「病人のクセに、煩いね」
「……すみません」
水の注いだグラスを手渡されて、ランボは大人しくそれを飲んだ。
雲雀が椅子を用意して、ベッドの隣に腰を下ろす。
じっ……と見る雲雀の視線に耐えかねて、ランボはおずおずと呟いた。
「あの……そんなに見られると、飲みづらいんですけど……」
「……そう?」
視線を外す気は無いらしく、ランボはちくちくと視線を感じたまま水を飲み干すはめになった。
一体何をしに来たのかまだわかっていない。
もしかして、何か雲雀に回す仕事を忘れていたのかもしれない、と思い、ランボは焦って雲雀に聞いた。
「あ、あの、雲雀さんは何の用で此処に…?」
「………用がないと来ちゃいけないわけ?」
「そ、そんなわけじゃないですけど………」
不意に、ランボの頭にとある映画を思い出す。
まるでこの会話は、どこかのラブストーリーで恋人が交わすような----------
「………もしかして、俺の事心配してくれたんですか?」
「………………別に」
ふいっ、と雲雀の視線がようやくランボから外される。
しかしその表情はどこか拗ねたように見えて、ランボは雲雀が嘘を付いているのだと直ぐに分かった。
少し前なら、そのまま受け止めていたのだけれど。
「…………」
「何、にやけてるの。気持ち悪い。」
「……酷いですよ。図星突かれたからって。」
「何が。」
「……なんでもないです。」
ぎっ、と睨みつけられて、思わずはぐらかしてしまう。
それが照れ隠しだと分かっているが、鋭い眼光はやっぱり怖い。
「雲雀さん、今日は一日中一緒にいてくれるんですか?」
「君がいてほしいって言うならいてあげるよ。」
「いてほしいです!」
がしっと雲雀の手を掴んで、食い入るようにランボが言う。
何処か悪戯めいたように、くすっと雲雀が笑った。
「いいよ。いてあげる。」
そう言って、雲雀は自分の手を掴んだままの恋人の手に、ちいさくキスをした。
「っ!?」
「熱、上がったんじゃない?顔赤いよ。」
「ちっ、違います!これは雲雀さんのせいで……」
「僕が何かした?」
「わ、わかってるくせに……!!」
かあっと顔を赤らめたランボをからかいながら、雲雀はくすくすと笑う。
風邪が治るどころか、悪化してしまいそうだと、ランボは小さく溜息をついた。