「君は、どうして僕じゃないといけないんだろうね。」

 

雲雀さんの何気ない疑問の一言に、何故か俺は不安を覚えた。

 

 

 

君に出会わなければ

 

 

 

「……いきなり、どうしたんですか。」
「別に。深い意味は無いよ。」

 

本当に何となく思っただけ。と雲雀さんは小さく呟いて、再び書類と向き合った。
カリカリと雲雀さんがペンを走らせる音を聞きながら、俺は雲雀さんの言った言葉の意味を考える。

どうして俺は雲雀さんじゃないとダメなんだろう。

そんな事今まで一度も考えたことは無かったし、今考えてみても答えが思い浮かばない。
じゃあ、もしも雲雀さんじゃない人を好きになったら?

 

「…………何、その顔。」
「え?」
「だから、さっきの言葉は意味は無いって言ったよね。」

 

へんな顔をしていたのだろうか。
俺の考えていることが見透かされるような言葉に、俺はやっぱり雲雀さんじゃないとダメだと思いなおす。
大体、雲雀さん以外の誰かを好きになるところなんか想像できないんだからしょうがない。

 

「雲雀さんは、俺じゃないとダメ…なんですか?」

 

雲雀さんの確信を持った言葉とは裏腹に、恐る恐る聞く形になってしまった。
好きだと言われても、俺はやっぱり不安になってしまう俺の言葉に、雲雀さんはチラっとコッチを見た後、小さく溜息を付いた。

 

「どうかな。わからない。」

 

雲雀さんの呟く言葉は予想通りで、あまりショックは受けなかった。
多分雲雀さんならこう答えるだろうなぁ、と思ったとおりで、少しだけ可笑しくて小さく笑い声を漏らす。

 

「…なんで笑ってるの、君。」
「だって、予想通りだったから」

 

此処まで期待を裏切らないのも面白いなぁ、と思って。
そう言うと、雲雀さんは小さく息を吐いた。
ふと、前にボンゴレが「雲雀さんは何を考えてるか分からない」と呟いていたことを思い出す。
雲雀さんの行動パターンと性格を知っていれば、どういう回答が返ってくるかは大抵分かると思う。
以前は俺もボンゴレと同じことを思った事があったが、一緒に居るうちに考え方が分かってきたというのがあるかもしれない。

 

「君は本当にわからないね」

 

溜息混じりに呟かれた言葉が自分の考えていたことと一瞬ダブって、わかってるじゃないですか、と口をついて出そうになった。
けれど雲雀さんを見れば、眉を寄せて、心の底からそう思っているらしく低い声で呟いた。

 

「笑ったかと思ったら、泣いたり…こっちが意図したことと違うことをする。」
「……そうですか?」
「そうだよ。綱吉や獄寺隼人あたりは想像どおりの反応しかしないのに。」

 

雲雀さんにそう思われているとは思わなかった。
ボンゴレや獄寺さんがそう思われていることは、後で伝えておこうとこっそりと思う。
けれど、てっきり見透かされているものだと思っていた。

雲雀さんは、本当に欲しい言葉を必要な時にくれるから。

 

「…俺、てっきり雲雀さんは俺の事を知り尽くしてるんだと思ってました。」
「ふうん。」
「じゃあ、俺の方が雲雀さんの事良く知ってるのかもしれませんね。」

 

雲雀さんより勝ることが出来たのが嬉しくて、クスクスと笑いながら雲雀さんに言う。
すると、雲雀さんは一瞬目を見開いて、直ぐに目を細めて俺から目をそらして呟いた。

 

「……やっぱり、わからない。」

 

独り言のように小さく呟かれた言葉は、実はしっかりと耳に届いていたのだけれど聞こえていないフリをする。
そして、最初に雲雀さんが言った言葉を思い出して、今度は俺が何となく呟いた。

 

「だから、雲雀さんは俺じゃなきゃ駄目なんですね。」
「………?」
「俺の事、知りたいんでしょ?」

 

好きって事じゃないですか!と嬉しくて思わず声を上ずらせて言ってしまった。
次の瞬間、俺は今まで見たことが無い雲雀さんの表情を見てしまう。

 

「……っ……君、本当に……」

 

わけがわからないよ。と呟くその声は震えていて、一瞬どうしたのかと本気で心配してしまった。
けれど、俯いた雲雀さんを良く見ると、その口元は薄っすらと弧を描いていて。

 

(わ……笑ってる…?ひばりさんが……)

 

今まで見たような、優しい微笑みや嘲笑とは違う。
声を上げるのを必死に押し殺しているのが分かる。
肩をわなわなと震わせて、必死にそれを殺そうとしているけれど、殺しきれないほど。

 

「ひ、雲雀さん、こっち見てください!」
「…?何?」

 

顔を上げた雲雀さんの表情は、優しい微笑みになってしまっていて。

 

「……雲雀さん、笑ってください。」
「……笑ってると思うんだけど。」
「その笑顔も好きですけど、さっき本気で笑ってたじゃないですか。その表情が見たいんです。」
「……嫌だよ。」
「な、何でですか!」
「僕の事、知りたいんだろう?」

 

教えなければ、好きでいてくれるじゃない。と、微笑みながら呟かれて。
俺は不覚にも、顔を真っ赤に染めてしまった。

 

(わからないわからないと言っておきながら、こういう事は知ってるんじゃないか!)

 

確信犯だと分かるほど、楽しそうな微笑を見てそう思う。
せっかく、少し勝てる部分が見つかったと思ったのに。

 

「雲雀さん。」
「何?」
「……大好き、です。」
「僕もだよ、ランボ。」

 

 

ああ、本当にこの人は、俺という存在に甘いのだ。