ああ 君はどうやったら僕に笑顔を見せてくれるのかな

 

 

独裁者の苦悩

 

 

「哲。」
「はい、後はお任せを」

 

一言名前を呼ぶだけで、僕の言いたいことをわざわざ言わなくとも理解する僕の右腕。
彼はいとも簡単に僕の事を理解するのに、どうしてあの子だけは僕の意を汲んでくれないのか。
確かに言葉が足らないのは分かっている。
しかしそれでも哲には通じるのに、何故?

 

「邪魔するよ、綱吉」

 

ノックをして、許可の声がする前に、声とほぼ同時にドアを開ける。
中には驚いた様子の綱吉と、またか、と小さく呟いた彼の家庭教師。
そして、ふわふわの髪の毛。

 

「…ひ、ばりさん」

 

そこには先ほどから、僕の頭を悩ませていた張本人が居た。
ちらっと目をやると、びくっと体を震わせる。
どうしてそんなにびくついているのか分からなくて、少し眉を寄せてしまった。
ジュースの入ったグラスを持っているところから、少し前から此処にいたらしい。
状況を把握するのに一秒もかからず、僕はまた綱吉に視線を戻した。

 

「あの、雲雀さん。俺、まだ許可出してないんですけど……」
「君の許可なんて知らないよ。それより、昨日君が僕に押し付けた書類、持ってきたよ。」
「あ、もう終わったんですか…」
「僕は君とは元から出来が違うからね。」

 

頭が、というよりは人種としての意味を言ったことに、綱吉はちゃんと気付いているらしく、書類整理なんかさせてすみません、と謝って来た。
謝るのなら、早く肉弾戦の任務を与えて欲しい。
それが暗殺だろうと、咬み殺せるならなんだってやるのに。

 

「じゃあ、戻るよ」
「はい、次があったらお願いします。」
「絶対、あるよね」
「…すみません」

くるりと踵を返してドアに向かう間も、不安そうに僕を見上げる目には気付かないフリをした。
此処で目を合わせれば、きっと首根っこを掴んで引きずってでも連れて行ってしまう。
どうして僕が綱吉なんかに妬かなきゃいけないんだ、と、小さく口の中で舌打ちをした。

そしてドアノブに手をかけ、ドアを開けようとしたときだった。

 

「ヒバリ。」
「……何かな、赤ん坊。」

 

珍しく赤ん坊が僕に話しかけてきた。
いつもは僕の挑発するような目にすら反応しないのに。

 

「オメー、もう少し上手く隠さねーとバレるぞ」
「……何のことかわからないな」
「そうか。ならいいんだ」

 

先ほどより大きく舌打ちをして、ドアを開けてさっさと部屋を出る。
もしかしたらあの子にも、綱吉にも聞こえていたかもしれないと思い、また舌打ちをした。
何時気付いたのか、赤ん坊を問い詰めたいところだ。

足早に部屋を後にする。
とにかく今は気を落ち着かせたかった。
どうしてあの子は僕を見て怯えたようなしぐさをするの。
そんなに僕が怖いのか。

君なら、殴ったりなんか、しないのに

 

「おっす、ヒバリ…って、あれ?」
「…山本武…」

 

曲がり角から近づいてくる気配に気付けなかったなんて、と小さく舌打ちをする。
その様子を見て、山本武は苦笑を見せた。

 

「ご機嫌斜めみてーだな、なんかあったのか?」
「君には関係ないよ。」
「そっか?なら、しょうがねーか。…でも、そんな顔するなんて珍しいな」
「何?」
「なんつーか、お気に入りの玩具を取られた子供、みてーな。」

 

じゃあな、と言って、山本が離れて行く気配がする。

こんな奴にまで気取られるほど、分かりやすく見えるのか。
ぎり、と奥歯をかみ締めようとして、やめる。
早く、いつもの表情に戻さなくては。

 

「雲雀さん!」

 

少し歩くと、後ろから駆けてくる足音が聞こえた。
この声は、紛れも無くあの子のものだ。
振り向くと、やはりあの子が走ってきていて、足を止める。

 

「何か用?」

 

出来る限り、普段と変わらないように声をかけた。
僕が嫉妬していたことを悟られないように、出来る限り平静を装った。
やきもちを妬いたことを本人に悟られるのは、この子を束縛することになりかねない。
正直言って独占したい気持ちはあるが、怯えてしまうのなら意味が無い。

 

「あの……その…」
「君はいつもそうだね」
「え?」
「そんなに僕が怖いのかい?」

 

自嘲するように笑って見せると、ランボは顔をこわばらせた。
ああ、また僕はこの子を怖がらせてしまった。
ランボの顔を見て、少し悲しくなる。

けれど僕は、どうやって大事にしたらいいのかわからないから

 

「ひ、雲雀さん」
「近づかないほうがいいよ」

 

ランボが僕に触れようと伸ばした手から逃れるように一歩後ろに下がる。

行き場の無いランボの手が宙をかく。

その手を、本当は触りたいのに

 

「じゃあね、ランボ」

 

一度出しかけた手を握りこむと、踵を返して歩き出す。

 

(今ならまだ彼が居なくても生きていられる 僕に出来る唯一の事は、恐怖の対象から彼を遠ざけることだけだ)

 

響くのは自分の靴音だけ。
彼はもう、追いかけては来なかった。

 

 

 

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続きます