目の前で、見たことのない雲雀さんが座っている。

こんな、雲雀さん、知らない

 

 

 

「君が、どうして僕が君を好きじゃないなんて結論に至ったのかわからないけれど」

そう言って俺の手を握る雲雀さんの目には、少しの怒りと、それを上回る別の感情が満たされていた。

それがなんなのか、俺にはわからない(多分俺が子供だからだ)。

もしかしたら、本当に少しだけの望みだけれど、その感情は俺がいつも雲雀さんに抱いているものと同じかもしれない、なんて。

「ひ、ばり、さん」

戸惑って声をかけると、雲雀さんは俺の手を離して、目線をそらして立ち上がった。

ぬくもりの消えた手が寂しく感じてしまう。

「もう寝なよ。明日は休みだろうけど、どうせ二日酔いで起きられないだろうし」

俺を見ないでそう告げて、雲雀さんはさっさとリビングのドアまで歩いていってしまった。

背中が遠くなっていって、その前まで片付けていただろう書類には目もくれず。

ドアの閉じた音がして、やっと俺は身動きをとることが出来た。

「…………」

 

多分、俺は雲雀さんを傷つけた。

きっと、俺が、雲雀さんのことを決め付けて発言したから、それに怒ったんだ。

あの人は、自分を枠に当てはめられるのが嫌いだから、きっとそうなんだ。

他の人と同じに考えてはいけない人だって、ずっと前からわかってるから。

 

俺も部屋から出ようとして、ふとテーブルに目を移す。

そこには、俺が帰ってきたときに雲雀さんが処理していた書類があって。

片付けたほうが、いいんだろうか。

片付けておけば、雲雀さんは俺の事を、少しは思ってくれるかもしれない。

なんて、少し計算した考えで、テーブルの上の書類に手を伸ばした。

「………?」

書類を提出期限順に並べていると、そこで気が付いた。

一ヵ月後が提出期限の書類まで、終わらせてあることに。

そもそも、雲雀さんは書類の整理も尋常じゃない速さで終わらせて、その日の提出期限のものは全て昼に終わらせてしまい、自宅へは持って帰らない人だった。

こういった事務作業よりも、体を動かすことを好む人だから、書類はぎりぎりまで放置して、任務を優先している人。

なのに、何故こんな夜遅くまで、しかも一ヵ月後が提出期限の書類を片付けているのか。

もしかして、俺の事を待っていてくれたから?

「っち、違うよ……」

さっきもそう思って言ったけれど、雲雀さんには直ぐに否定されてしまった。

これは、ただ単に雲雀さんが考え方を変えたからで、書類整理の為に数日置きにホームに戻るより、一か月分さっさと終わらせてしまったほうが有益だと判断したからなんだ。

だから、俺の為なんてそんな風に思っちゃいけない。

だけど

雲雀さんなら、こっちが有益なら最初からそうしてたはずだし

じゃあなんで今こうして書類があるのか、って考えると、俺を待っていたからだとしか思えない。

ふと、さっき雲雀さんが言った言葉を思い出した。

『なら、どうしてわからないの?』

すきなら、どうしてわからないのか

そう聞かれた。

ということは、好きならわかる理由なわけで

ってなると、やっぱり、俺が喜ぶことしか思いつかなくて

「………っ」

 

ひばり、さん

俺は、もしかして、喜んでもいいんですか?

 

「雲雀さん!」

書類を放り投げて、リビングのドアを開け放つ。

寝室に駆け込むと、寝巻きに着替え終えた雲雀さんが、びっくりしたような顔で俺を見てて。

「っ…ごめんなさい…っ!」

俺が勝手に雲雀さんはこういう人だって決めつけたから気付けなかったんだ。

雲雀さんは普通の人の恋愛感情と同じようにもしかしたらそれ以上に、、俺の事を愛してくれてた。

ただ、その伝え方が不器用なだけで

「雲雀さん、雲雀さんっ」

そのまま抱きついて、なりふり構わず大声で泣き喚きながら、名前を呼んで縋りついた。

みっともないとはわかっているけれど、それでもどうしてもとまらなくて

「ごめんなさい、俺、しんじ、られなくてっ、雲雀さん、何も言ってくれないからっ」

リボーンと遅くまで飲みに行くと言っても、雲雀さんはそっけない返事を返しただけ。

俺が子猫ちゃんと仲良くしてても、雲雀さんは目もくれないでさっさといなくなってしまう。

これらが全部、愛情の裏返しなんて、考えもしなくて。

無様に泣き喚く俺の背に、戸惑うように回された手は、とても暖かくて

この人はきっと、大切にしたくてもその方法がわからない人なんだって、改めて思った。

(こういうときはね、雲雀さん。力の限り、ぎゅっと抱きしめてくれていいんですよ)

「雲雀さん」

「いきなり泣き喚いたかと思ったら、今度は何?」

「雲雀さんって、実は俺のこと、溺れるほど好きでしょ」

少しの間をおいた後、雲雀さんは笑って

「気付くのが遅いよ」

くちびるに、やさしいキスを落としてくれた

 

ねぇ 僕は君をしているよ

「俺も、あいしてます」

「ところで、本当に、急にどうしたの?よく飲み込めてないんだけど」

「教えてあげませんっ!」

 

だから、もう少しだけ、不器用な愛し方で、俺の事を愛してください。