これ以上、傷は負わせない

 

 

守り方

 

 

 

イタリアに来て数ヶ月が経つ頃には、町の道は総て把握していた。

 

(最初、赤ん坊に誘われた時は断ろうとも思ったんだけど)

 

こうして来て見ると、あの時断らなくて良かったと思う。
強い奴が居るのなら、イタリアに来たのも悪くは無い。

とはいえ、雲雀と互角に渡り合えるのはこの数年で成長した綱吉とその家庭教師の赤ん坊、そしてディーノのみだったが。

 

(大勢で来るから、憂さ晴らしぐらいにはなるか)

 

そう思って、愛用のトンファーを取り出した。
広い公園の広場の真ん中で、雲雀は周りを見渡す。
街中で暴れるには人数が多すぎるから、と、尾行されていることを承知で公園まで来たのは良いが

 

(……少し多いな)

 

ぐるりと周りを取り囲まれ、雲雀の周りに円を描くように人が集まる。
その層も思いのほか分厚く、小さく溜息をついた。
人数だけあっても弱いだけならば、時間稼ぎぐらいにしかならないというのに。
拳銃やら剣やら武器を持っていたとしても、かすり傷ぐらいしか負わないだろう、と、自惚れではなくそう思った。

 

そこに、あの子が通りかからなければ

 

(……!)

 

ちょうど、雲雀の正面の木の陰から、ちらちらと見える牛柄のシャツ。
そして、時々見える翡翠色の目で、雲雀は直ぐにそこに居る人物が誰なのか分かった。
雲雀がイタリアに来た一つの要因とも言える、幼い子。

 

(……なんで)

 

こんなところに居るのかはわからない。
幸い敵はまだ気付いていないようで、雲雀は目を細めた。
早いうちに片付けてしまわないと、あの子が巻き込まれてしまう。

 

「来なよ。全員咬み殺してあげる」

 

その台詞を皮切りに、一気に敵が押し寄せた。
前列の四人が一斉に攻撃を仕掛けてきたので地面を蹴って飛び上がり、着地と同時に二人を潰す。
残った二人をトンファーで殴打し、蹴って直ぐ後ろに居た奴にぶつけた。
背後から狙って打たれた銃弾を弾き返し、とどめに敵の頭目掛けてトンファーを振り下ろす。
それと同時に背後に蹴りを繰り出して、迫っていた一列の敵を一気に押し返した。

 

(早く逃げれば良いのに)

 

戦いが始まっても逃げる気配を見せないランボに対して舌打ちをする。
そして逃げて欲しいと願っている自分に気付いて、自己嫌悪で苛立ちが募った。
勝手に怪我をしようが、どうでもいいはずなのに。
お気に入りの子だと認識していることは分かっていたが、まさかこんなに好いているとは思わなかった。

銃声が鳴り響いた次の瞬間、木の後ろに隠れていたランボが動いた。

腕を押さえて、よろめいた。

 

撃たれた?

 

 

怯えた表情を見せるランボのほうに、数人の敵が向かう。
それを見て、今相手していた二人の敵をそいつらに向かって投げつけた。
そして、体勢を立て直す前にランボの元へと向かう。

だから逃げればよかったのに

第一なんでこんなところにいるの

逃げておけば、こんな怪我はしなくて済んだのに

 

「雲雀さん……」
「馬鹿だね君は」

 

それだけ告げて、背を向ける。

一瞬だけ見たところ、銃弾は腕を貫通したらしく牛柄のシャツを赤く汚していた。

痛みに目を潤ませながら自分の名前を呼ぶランボを見て、何かが切れた気がした。

 

ただ これ以上この子に傷を負わせたくなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の息の音が五月蝿い。

どくどくと鳴る鼓動も五月蝿い。

その動悸と同時に傷が痛む。

右手が肘から手首にかけてざっくりと切られていて、舌打ちをした。

殴られて切った唇を親指で拭う。

弾き飛ばされたトンファーを歩いて拾いに行った。

左足を一歩着く度に撃たれた太股がズキンと痛む。

トンファーを拾おうと指を広げた瞬間、何度か殴り飛ばした際に赤く擦り切れた指の間接がズキンと痛んで、舌打ちをした。

鉄パイプで殴られた頭がくらくらするが、視界は良好なので問題は無いだろう。

しゃがんで呆然とコッチを見たままのランボに目を移す。

傷は最初に撃たれたものだけだった。

 

安心したように息を吐いた自分に苛立ちを覚えた。

 

「雲雀さん」

 

ランボが強張った声で名前を呼ぶ。
何かあったのかとランボを改めてみると、目には涙が一杯溜まっていた。
何故泣いているのか分からなくて、一瞬戸惑いを覚える。

 

「俺の事、かばわなくてよかったのに」

 

かたかたと小刻みに震えるランボの手が、僕の手を触った。
暖かい子供特有の体温が、冷たい指先から伝わる。

 

「俺なんか、かばったから」

 

ぼろぼろと大きな翡翠の目から零れる涙を見て、その大きな目も零れてしまうのではないか等と無駄な心配をしてしまった。

 

(守るもののある戦い方なんて知らなかった。)

(だから彼に行く攻撃総てをこの身に受けた。)

(少々無様な戦い方になってしまったけれど、)

(次からはきっと上手くやれる)

 

次 なんか考えてる時点で僕はもう

 

(随分と前から恋をしていたのだと ようやく気付いたのはこの時だった)

 

 

震えて泣く小さな子供を、どうしたらいいのか分からなくてただ立ち尽くして眺めた あの日

 

 

 

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雲雀20歳、ランボ10歳ぐらいをイメージして。