―不条理―

 

 

「芭蕉さん」
「…なに?曽良くん」

 

「あなたを見ていると苛つきます」

 

奥の細道のとある道中

突然こんな事を言われ立ち止まり、当然のごとく怒る芭蕉
しかしその声には全く耳も貸さずに歩を進める曽良

徐々に距離が離れていく
それでも後ろから叫ぶ芭蕉

 

「ちょっと!曽良くん、それどういうこと!!?」
「そのままの意味ですよ」

 

あくまで冷たくあしらう曽良
これくらいなら日常茶飯事だ
そして恐らく答えも聞こえていないだろう
そんなことには構わずにそのままどこか遠くを見て囁く

「なぜあなたは…」

 

『全てを僕に見せてくれないのですか』

 

 

今回の旅の中で、曽良は自分と二人だけの時では見たことのない芭蕉の表情、性格などを知った
そのことが嬉しい反面、こんなに近くにいるにそれを知れなかったことが悲しくて、とても悔しかった
また、それを見せなかった芭蕉がどこか憎くて…

当の本人は気にもしなかっただろう
だが、曽良は芭蕉の新たな一面を見る度にその思いを募らせた

こんなことを思われても彼は困るだろう
それにただの自分の我が儘だということも分かっている
全てを知ることなんかできないことくらいも

それは彼は心が豊かだから
その時によって様々な色に染まる
まるで季節のように
そして矛盾しているが、芭蕉のそんなところに惹かれているのも事実だった

しかしどうしても抑えることができなかった

このもどかしさを…

だからあんなことを言った
もっと自分の為に感情を表して欲しいことを知って貰いたくて
現に今、自分の為だけに怒った表情をしてくれている芭蕉を見ると嬉しく思う

 

(嗚呼…歪んでいるな)

 

自分でもそう思えた
でもこれが自分のできる精一杯の愛情表現だとも思った

そんなことを考えているうちに後ろから足音が聞こえてきた
自分の名を呼びながら近付いてくる
それを待つために歩みを止めた
少しずつ大きくなってくる足音と自分を呼ぶ声
もうそんなに距離もないだろう

 

「曽良くんってば!!返事くらいしてよ!!」

 

ほうら、来た

振り返ればそこには芭蕉の姿

そうだ、どうせなら今回のことを機に彼にヒントを与えよう
恐らく彼がこの問題をこのまま解くのは無理だろうから

 

「…そ、曽良くん…?」

 

曽良のいつもとは違う雰囲気を察し、大人しくなる芭蕉

 

「芭蕉さん…」

 

 

『あなたは僕のそばにだけいればいい』

 

 

それは答えに等しいヒント